日本の主食として、日本農業の揺るぎない作物の主役である稲。田んぼ(水田)は水の養分を利用し、有害な成分を流し出して連作障害を防ぐ知恵の産物です。日本は歴史的に水稲栽培を行い、主食の米を生産し、国を栄させてきました。今では、コシヒカリをはじめとして、ご当地毎に代表する品種も多く、多彩なラインナップのお米を楽しむことができます。
稲作と聞くと、プロ農家の世界のイメージがありますが、圃場以外のバケツやペットボトルでも稲を栽培することができます。この記事では、プロ農家から初めて稲作をやってみようと思っている人まで、稲作に必要な肥料の話を中心に、おすすめ肥料を紹介します。
そもそも植物に必要な養分って?植物が必要な養分に関するおさらい
植物が育つためにはチッソ(窒素)、リンサン(リン酸)、カリウム(加里)の三要素のほか、マグネシウムやカルシウム(石灰肥料が有名)などの「二次要素(中量要素)」、さらに鉄、マンガン、ホウ素をはじめとした「微量要素」が必要です。
チッソ(窒素)は、葉や茎などの成長に欠かせず、植物の体を大きくするため、「葉肥(はごえ)」と言われます。
リンサン(リン酸)は、開花・結実を促し、花色、葉色、蕾や実に関係するため、実肥(みごえ)と言われます。
カリウム(加里)は、葉で作られた炭水化物を根に送り、根の発育を促すほか、植物体を丈夫にし、抵抗力を高めるため、根肥(ねごえ)と呼ばれています。不足すると根・植物が弱ります。
肥料の箱や袋などに記載されているN-P-Kの表示は窒素(N)、リン酸(P)、カリウム(K)を指しています。その他、肥料についてより詳しいことは、下の記事を参考にしてみてください。
肥料はどんな種類があるの?
作物・植物の栽培における肥料の種類は、大きく以下のとおりに分けることができます。
肥料はその物質の有機、無機によって、「有機肥料(有機質肥料)」「化学肥料(≒無機質肥料、化成肥料は化学肥料に属します)」の2つに分けることができ、形状によって、「固形肥料」と「液体肥料(液肥)」があります。
「化学肥料」とは、化学的に合成しあるいは天然産の原料を化学的に加工して作った肥料です。「有機肥料(有機質肥料)」とは、「油粕や米ぬか、腐葉土など植物性の有機物」「鶏糞(鶏ふん)、牛糞(牛ふん)、馬糞や魚粉、骨粉などの動物性の有機物」を原料にして作られたものです。堆肥も、家畜の糞や落ち葉などの有機物を微生物によって分解・発酵したもので、有機肥料となります。有機肥料は、用土(培土)を養分を補うだけではなく、物理性の改善(ふかふかにする)にも役立ちます。
水稲の肥料として使われることが多いのは、固形肥料となります。基本的に元肥として単肥の窒素肥料や水稲用の一発肥料、ケイ酸肥料を施し、必要に応じて追肥を施します。
肥料を与えるタイミング 元肥と追肥
用土に肥料を与えるタイミングによって、肥料の呼び名が変わります。具体的には、「元肥」と「追肥」があります。
植物の苗や苗木を植え付け(定植する)前に予め土壌へ施しておく肥料を「元肥(もとひ・もとごえ)」と言います。元肥は、初期生育を助ける働きがあり、肥料効果が長く続く緩効性や遅効性の肥料を施すのが一般的です。
異なる呼び方として「基肥(きひ)」「原肥(げんぴ)」などと呼ばれる場合もあります。
苗の植え付け後(定植後)、作物が生長していくときに、土壌の肥料切れが起こらないように追加で施す肥料を「追肥(ついひ・おいごえ)」と言います。追肥を施す時期が遅れたりすると、植物の生育期に葉の色が薄くなったり、花が小さくなったりして最悪の場合、枯れてしまいます。特に窒素、カリウムは消費されるのが早いので適切な時期に追肥が必要です。
稲作の肥料には、田植えの前に施す元肥(もとごえ)と、田植えの後に追加で施す追肥(ついひ)があります。
水稲に必要な肥料は?
水稲に必要な肥料の要素
稲も植物なので、当然ながら他の野菜や果樹と同じく、チッソ(窒素)、リンサン(リン酸)、カリウム(加里)の三大要素を含め、二次要素(多量要素)、微量要素が必要になり、収量や品質に大きく影響します。
基本的には、三大要素がバランス良く配合された化成肥料をベースに、引いている水からその他ミネラル(二次要素、微量要素)を補充したりします。しかし、最近の水田では、以下の2つの問題が発生しやすくなっていて、そのための対策資材もよく使用されています。
肥料をやり過ぎると、稲の草丈が伸びて大きくなり過ぎ、風で倒伏しやすくなるなどして食味が悪くなることから、水稲栽培での多肥は厳禁です。特に窒素の過剰施肥が起こりやすく、このため、新潟のような地力が高い土壌が多い地域では、窒素肥料を減らして窒素量を半分にするなどの対応が必要です。また大豆の跡地では、チッソ量を30%減らしたりするなど、水稲栽培では主に窒素量をコントロールする必要があります。
水田のケイ酸不足
最近の水田では、ケイ酸が不足しがちであるため、ケイ酸肥料を土作りに積極的に使用するように指導されています。ケイ酸は、受光態勢を良くし、光合成を高め、その結果葉や茎が強化されて倒伏しにくくなったり、米の中のタンパク質含有量を低く抑えるなどの効果があります。
老朽化水田(秋落ち現象)
作土中に粘土が少ない水田で、水稲耕作を長年継続した結果、鉄などが著しく溶脱した土壌で老朽化が起こります。このような水田を老朽化水田と呼びます。
老朽化水田においては、土壌有機物や含硫酸根肥料(硫安など)を施用すると、硫化水素が発生し根を痛めるために秋落ち現象が発生します。
老朽化水田の対策は、鉄が含まれている肥料を施用することです。遊離酸化鉄が1.5%〜4%程度となるように鉄含有肥料を施しながら改善していく必要があります。
施肥の回数 元肥(基肥)と追肥(穂肥)
基本的な水稲栽培の場合は、苗を植える(田植え)前に元肥(基肥)を施し、その後必要に応じて追肥(穂肥)を施します。穂肥は、穂の出る20〜30日前あたりに施します。追肥の回数は、一度の地域もあれば、出穂20日前と10日前に分けて施す地域もあります。
また、近年の稲作では、追肥を行わず、元肥1回のみで済ましてしまう全量基肥施肥と呼ばれる栽培施肥方法が主流となってきています。全量基肥施肥では、肥効調節型肥料、通称「一発肥料」というものを使います。
肥料のやり過ぎと欠乏
肥料が効き過ぎて伸び過ぎという場合には、水を落として田んぼを干し、稲が肥料を吸収できないようにします。
肥料が不足している場合は、田んぼに色ムラができます。肥料不足に陥っている箇所は色が抜けて、黄色くなってきます。稲の葉の先から、色が抜けてくることが特徴です。このような場合は追肥を施します。
毎年変化する天候に臨機応変に対応して、稲の生育を水と肥料でコントロールします。
農家向け 施肥の考え方
大規模栽培の場合、10a (アール)に対して、以下の量を目安にして施肥をします。もちろん、その土壌の地力窒素や養分のバランス、生育の状況によって変更する必要があります。
時期 | N | P | K |
---|---|---|---|
元肥(基肥) | 5kg | 5kg | 5kg |
追肥(穂肥) | 2kg | 2kg | 2kg |
これに加えて、近年では、ケイ酸が土壌に不足しているため、元肥(基肥)施用時にソフトシリカ100kg/10a 、穂肥時に20kg施したりします。
家庭向け 施肥の考え方 (バケツ栽培など)
バケツ栽培の場合は、元肥として、バケツに半分ほど育苗培土や田んぼの土などの用土を入れた後、化成肥料(8-8-8)で、10gを入れて、その上に残りの用土をバケツの上から7cm下くらいまで入れます。
追肥(穂肥)は、穂の出る30日前くらいに一度化成肥料5gを水の上から水中に落とします。
2Lのペットボトルで栽培される場合は、施肥の量を、元肥は5g、追肥(穂肥)をペットボトルのキャップ1杯にするとちょうど良いです。
(※グラムの目安としては、小さじ1杯で約5g、ティースプーンで山盛り1杯で3gです。)
栽培規模別 水稲におすすめの肥料
基本的には、チッソ(窒素)、リンサン(リン酸)、カリウム(加里)の三大要素がバランスよく配合されている下記のような化成肥料がおすすめです。
肥料名 | おすすめ規模 | 内容量 | N | P | K |
---|---|---|---|---|---|
くみあい粒状固形肥料30号小粒 | 大規模 | 20kg | 10 | 10 | 10 |
サンアンドホープ高度化成肥料14号 | 小規模 | 5kg | 14 | 14 | 14 |
その他、品種や地域ごとに販売されている肥料もあります。特にJAの肥料は種類が豊富です。水稲栽培を本格的に事業としてやられている方は、JAの営農指導員などに相談すると良いでしょう。
また、地力の強い土壌や土壌の養分バランス(塩基バランス)に偏りのある圃場の場合は、単肥での施肥がおすすめです。下記のような単肥肥料をうまく組み合わせて、施肥設計をするとより良い圃場となります。
ケイ酸、鉄など不足しがちな微量要素の肥料
先述したとおり、老朽化水田(秋落ち水田)やケイ酸が不足している水田も多いことから、鉄やケイ酸、その他微量要素の補給も必要です。水稲栽培におすすめの微量要素の肥料は以下のものがあります。
JAの肥料
保証成分量(%) | N | P | K | Si(ケイ酸) | Fe(鉄) | Mn(マンガン) | Mg(苦土) |
---|---|---|---|---|---|---|---|
ソイルキーバーFe | 13.5 | 19 | 1.5 | ||||
マルチサポート2号 | 20 | 3 | 0.2 | 12 | |||
グルメエース特号 | 6 | 17.6 | 2.8 | 0.1 | 10 | ||
けい酸加里プレミア34 | 20 | 34 | 2 | 4 | |||
マン鉄ソイル | 13 | 15.5 | 4 | 1.5 |
手に入りやすい肥料
ネット通販でも購入できる比較的手に入りやすいケイ酸、微量要素肥料もあります。お試しの場合や小さな水田の場合には、下記のような商品を使ってみるのも良いでしょう。
水稲の育苗には?
稲の育苗は、育苗箱を使用して行います。床土(とこつち)と肥料を育苗箱に詰め、播種直前に灌水(かんすい)し、播種機を使って芽出しをした種を均一にまき、覆土します。
育苗のときに使う肥料は、基本的には、上記と同じく、チッソ(窒素)、リンサン(リン酸)、カリウム(加里)がバランス良く配合されたものです。肥料を育苗面積に合わせて育苗箱に詰め、葉令の進行、肥料むらなどをみて、適宜追肥をします。発芽を揃えることが何よりも大事になってきます。
最近では、その後の施肥を効率化させるために水稲育苗箱全量施肥法が行われたりもします。水稲育苗箱全量施肥法とは、窒素(および加里)の溶出量を調節できる専用肥効調節型肥料を使った施肥方法です。播種後の本田で必要な窒素全量がすでに入っているので、基肥と追肥作業が省略できます。また、窒素の利用率が高いので施肥コストも削減できます。
稲育苗用の肥料の一部を下記でご紹介します。
ペンタキープ
植物の光合成を高める「5-アミノレブリン酸(5-ALA)」を世界で初めて配合した誠和の液体肥料で、発芽・生長のばらつきを少なくします。液体肥料で扱いやすく、手軽に使用することができます。
中でも水稲の育苗には「ペンタキープV」が使用されます。ペンタキープVは光合成を高めるALAを配合した液体肥料です。光合成や吸収力を強化するので日照不足や生育不良の改善に最適です。耐塩性や耐寒性の向上、葉色の維持・改善、肥効促進にも効果的です。
OATポット肥料
OATアグリオのポピュラーな水稲育苗用の肥料です。全成分が水溶性であり、液肥として使用できます。3要素の他に、苦土、石灰、各種微量要素を含む総合要素入り肥料です。細根数の多い良質の苗を仕上げることができます。
苗箱まかせ
苗箱まかせは、ジェイカムアグリが開発した水稲育苗箱全量施肥法に基づく、省力・低コストな水稲育苗用肥料です。
苗箱まかせを使った水稲育苗箱全量施肥法は、農林水産省の肥料価格高騰に対応した施肥改善等に関する検討会でも取り上げられている新しい稲作施肥低減技術です。育苗箱全量施肥法を試してみたい方は、ジェイカムアグリの苗箱まかせを使用すると問題ないでしょう。
一発肥料とは?
「一発肥料」は、窒素の溶出を正確に調節できる被覆肥料などが開発された結果、その溶出のペースを調整することができるようになり生まれた肥料です。「一発肥料」を使用することで、中間追肥や穂肥を省略し、基肥時に1回の施肥で生育期間に必要な全肥料をカバーすることができます。「一発肥料」は、肥効調節型肥料とも呼ばれます。
日本の農業が、少人数大規模化にシフトしていく中で、追肥の省力化から、一発肥料は全国的に普及しています。
「一発肥料」のような肥効調節型肥料には、リニア型とシグモイド型の2つのタイプがあります。リニア型は施用直後から肥料が溶出するタイプ、シグモイド型は施用後しばらくは溶出せず一定期間後に溶出するタイプになります。
どちらの型が適しているかは、地域や気候、品種によって様々です。東北地域ではリニア型が多く、より気候が暖かい関東以南では、シグモイド型を基本にしていることが多いです。
一発肥料の散布時期とおすすめ一発肥料
散布時期は元肥(基肥)時になり、田植えの前に行います。JAなどには他にもたくさんの一発肥料が販売されていますので、相談してみると良いかもしれません。
土作りには?
代かき(土を細かく砕き、水を入れてかき混ぜて田んぼの表面を平らにする作業)の前に土壌診断などをして、土壌の状態を確認し、元肥(基肥)時に足りない要素を単肥で補っていければ、より適切な土壌状態になります。
近年、ケイ酸が昔の土壌に比べて不足しているため、光合成が盛んに行えず、収量が増えない要因になっています。このため、ソフトシリカなどのケイ酸資材を基肥に盛り込んだりする農家の方は増えています。
また、窒素系肥料でも尿素より硫安(硫酸アンモニウム)が土作りに使われる事が多いです。硫安は、硫黄成分が含まれていますし、水を張った水田であればアンモニア態窒素がゆっくりと効いてくるため、長く肥効が続きます。
肥料はどこで手に入る?
JA
水稲の肥料はJAでたくさん扱っていますので、容易に手に入れることができます。お近くにJAがある方は問い合わせてみてください。
コメリ
米所、新潟県を本拠地とする大手ホームセンターコメリでは、たくさんの水稲用肥料を扱っています。コメリはECサイトもあるので、是非調べてみてください。
インターネット・通販で
店舗で実物をみて購入することも良いことですが、「その店舗での取り扱いがない」ことや「そもそもその商品がホームセンターなどの小売店で販売されていない」ことも多いです。時間とお金を節約するため、積極的に通販(インターネットショッピング)を利用しましょう。
今ではAmazonや楽天市場など様々なECサイトで農業・園芸用品が取り扱われていますし、コメリのような大手園芸展もECサイトを解説しています。店舗よりも安く購入できる場合も多いですので、一度のぞいてみましょう。
(補足)水稲栽培のスケジュール
稲の生長は、体を作る「栄養成長期」と子孫を残すための「生殖成長期」の2つに分けられ、さらに、「栄養成長期」の中でも「発芽・幼苗期」「分げつ期」、「生殖成長期」の中でも「幼穂形成期」「穂ばらみ期」「出穂期・登熟期」に分かれます。
この成長過程に沿って、作業スケジュールが決まっています。
栄養成長期
発芽・幼苗期
13度以上の温度と十分な水分(酵素含む)で、籾(モミ)のなかの胚乳を養分にして幼芽と幼根が成長し、発芽します。発芽した種籾は苗床(育苗箱)にまき、上から土をかけることで、やがて土の上に芽を伸ばし、葉の数を増やしていきます。
作業としては、育苗箱に「種まき」し苗を育てる「苗づくり」、そして田植え前に「元肥(基肥)」を行って、田んぼの土を耕し、水を入れ起こして平らにする「耕起・代かき」を行います。
稲の「種まき」「苗づくり」は、具体的には、以下の作業をします。
- 床土(とこつち)と肥料を育苗箱に詰めます
- 播種の直前にジョウロなどでしっかり灌水(かんすい)します
- 播種機を使って芽出しをした種を均一にまいて、覆土します
分げつ期
分げつとは、稲の枝(茎)が分かれていくことで、芽を伸ばした種を田んぼに田植えし、苗が田んぼに活着し、根付くと、本格的な分げつ期です。稲は茎の数をどんどん伸ばしていきます。
作業としては、田に苗を植え付ける「田植え」や、田や畔(あぜ)、畦(うね)に雑草が茂る季節なので、草とり、草刈りといった「除草」がメインになります。
生殖成長期
幼穂形成期
夏に入って分げつした茎が1番多くなる頃で、稲は茎元に穂のもとを作り始めます。
作業としては、水を抜いて田の土を乾かす「中干し」や「追肥(穂肥)」を行います。
穂ばらみ期
止葉と呼ばれる最後に出る葉の鞘が膨らんで見える頃です。
作業としては、病害を防ぐための「病害虫の防除」がメインになります。
出穂期・登熟期
夏の暑い頃、淡緑色の穂が止葉の間から顔を出し、次々と開花を開始します。自家受粉の受精が終わると、米の粒を太らせる登熟期が始まります。味は、登熟期にどれだけ光合成を行えたかに影響を大きく受けます。
作業としては、実った米を刈り取る適期のため、「収穫」がメインになります。
(補足)米の品種について
戦前はササニシキなどの品種がメインでしたが、1956年に水稲農林100号としてコシヒカリが開発されてからは、その粘りやうま味の強さから、現在では日本で生産される米の約40%をコシヒカリが占めるようになっています。
逆にササニシキはいもち病と冷害に弱いことから、冷害に強いひとめぼれに後を譲り、生産量は20位程度まで落ちています。
まとめ
日本の農、営農そのものを表す水稲(稲)。その歴史は縄文時代にさかのぼり、治水や環境保全など、様々な品種・資材・栽培方法を改良に改良を重ねて培ってきた、欠かせない価値を日本に提供してきました。
しかしながら、身近にありながらも意外とどんなふうに栽培されているのか、知られていない米。ほ場じゃなくても、バケツ1つから栽培することが可能です。作ってみると、様々な発見があります。是非今年から、水稲栽培、始めてみませんか?