苺(いちご)は、ビタミンCが豊富で、甘くて美味しいものも増えてきたことから、ご家庭の食卓にもよく並ぶようになった人気のフルーツです。また、生産者の目線で考えると、市場単価が他の作物と比較して高く、ブランド化もしやすい作物です。最近では、高設栽培や隔離栽培などが普及し、イチゴ栽培の取り組みを新たに始める農家も多くなってきています。
イチゴ栽培は、近年ではハウスを用いた施設栽培が主流です。その中でも作業性の向上や収量、品質の向上、栽培マニュアル化の容易さなどの観点から、高設栽培を採用する農家が増えています。
そこで本記事では、イチゴ(苺)の高設栽培について、高設栽培の概要、メリット・デメリット、費用など、幅広く網羅的にご紹介します。目次を活用して、必要な部分から読み進めてください。
高設栽培とは?高設栽培の概要とメリット・デメリット
高設栽培とは、人間の作業がしやすい位置に株を設置することで栽培管理や収穫をしやすくした栽培方法です。従来のその土地の土壌を使用した栽培(平床栽培)とは異なり、地面とは接触せず、隔離された栽培となります。そのため、人工的な培養土を用いる必要があります。
イチゴの栽培に、高設栽培を取り入れることによるメリットとデメリットを説明します。
高設栽培のメリット
イチゴの高設栽培のメリットは、複数あります。
軽作業化と省力化
イチゴは、草丈が低く、茎が上に伸びないことから、どうしても前かがみな姿勢での作業を強いられます。また、果実が小さく、繊細なため、一粒一粒丁寧に収穫しなければならず、収穫作業に多くの労力が必要となります。
また、イチゴは他の果菜類に比べると一作の栽培期間が長く、長期間にわたる連続作業が大きな負担となっています。
高設栽培は、ベッドの高さを人間の腰〜胸辺りまで上げてあげることで、上記問題の解消を図っている。
収量増加による収益の向上
高設栽培を導入したからといって、果実のできる量が一気に増えて、収量が増加するわけではありません。高設栽培の場合は、下記の要因によって収穫量が増加する傾向にあります。
- 収穫期間の長期化(延長)
- 省力・軽作業化による規模拡大
- 栽培マニュアル化とマニュアルの徹底
- 施設(ハウス)の高度利用(二次利用)
収穫期間の長期化(延長)
高設栽培は、平床栽培と比較して日中の果実温度が上昇しにくく、4月以降も品質の良い果実が収穫できるので、収穫時期の延長が比較的容易になります。
省力・軽作業化による規模拡大
高設栽培は、平床栽培(平地栽培)に比べて作業姿勢の改善と軽作業化がかなり進んだ栽培方法となります。イチゴ栽培は、今まで重労働であまり受け入れられなかった仕事でしたが、高設栽培によりパートタイマーやアルバイトなどの雇用もしやすくなり、比較的容易に栽培面積の拡大が可能となりました。
また、そもそも軽作業化されたため、作業効率が高まり、生産性が向上しています。
栽培マニュアル化とマニュアルの徹底
高設栽培では、培養土、栽培管理技術を統一しやすく、比較的容易に栽培マニュアル化できます。そのため、生産者間の技術格差をなくし、一定水準の収量、品質を担保できるようになりました。栽培マニュアルを徹底するだけである程度の収益が見込めることから、平床栽培(平地栽培)よりも技術が習得しやすいでしょう。特に新規就農者には、おすすめの栽培方法となります。
施設(ハウス)の高度利用(二次利用)
本圃のハウスの使用期間は、約7〜9ヶ月ほどになるのではないかと思います。6月〜9月は休閑期(もちろん親株・子株の育苗は必要ですが)となるため、本圃のハウスは空いた状態となるでしょう。その期間を利用して、イチゴ以外の品目を栽培することで収益の増加を見込むことができます。
例えば、ハウスメロンや切り花などを栽培することができます。平床栽培では土作りや土壌消毒などが必要なことから難しいですが、高設栽培だからこそ実現できる栽培方法です。
果実の品質の向上
平床栽培の場合、黒色のポリフィルムでマルチングしていることが多いですが、4月になると日射が強くなり、地温が上がりやすいです。ハウス内気温で30℃程度でも、マルチ面では40℃を超えることもあり、イチゴの果実がマルチに密着していると品質劣化の大きな原因となります。その点、高設栽培の場合、果実は基本的に空中に垂れ下がった状態で発育しているため、影響を受けにくくなっています。
他にも収穫時温度の高さによる品質の劣化や流通時の物理的損傷、高温期の果実の酸度上昇など、気温が高くなるとさまざまな事象が発生しますが、高設栽培の場合は軽減することができます。
栽培マニュアル化の容易さ
先述したとおり、高設栽培は栽培管理方法を統一し、マニュアル化することが比較的容易です。その理由としては、以下のことが考えられます。
- 培地への養分、水分の供給が均一化される(外的要因を受けづらい)
- 培養土の種類を統一できる
- 根域部分の温度、水分、養分をシステムで制御することができる
その他にもたくさんの良いところ
どのような土地でも栽培を始めることができる
高設栽培は、栽培槽(栽培ベッド)が土壌から隔離されているため、その土地の土質などに影響されません。平床栽培(平地栽培)でイチゴを育てる場合には、必然的にイチゴ栽培に適した土壌環境を整える必要があります。土作りには何年間もかけて、有機物を投入して土壌改良をしたりする必要があります。
また、平床栽培では病害虫による連作障害の対策も根域がわかりづらいことから、防除効果の徹底も難しいところです。その点、高設栽培では無病な培養土を使用することができ、仮に土壌に由来する病害虫が発生した場合でもその部分の土を入れ替えるだけで済み、対策のコストがかなり下がります。
定植(植え付け)作業が天候に左右されにくい
平床栽培は、一度雨が降ってしまうと土壌の水分が過剰となってしまい、植え付け(定植)に適した土壌水分量になるまで、一週間以上、作業を延期しなければならなくなったりします。高設栽培では、土壌が隔離されているため、そのような影響はありません。
コストダウンできる部分もある
高設栽培では、栽培槽(栽培ベッド)や自動給液装置など、ある程度の設備投資が必要となります。しかし、逆に削減できる部分もあります。
例えば、平床栽培においては耕うんのためのトラクターなどの大型農機具が必要になったり、夏場の土壌消毒費用なども必要ですが、高設栽培ではこれらは不要となります。
観光農園化しやすい
近年では、イチゴの観光農園が人気ですが、観光農園化にも高設栽培は有効です。その理由は以下のとおりです。
- 平床栽培に比べて畝間の通路移動がしやすい
- 腰をかがめたりすることがないので、体への負担を軽減できる
- 子どもたちの目線の近いところに果実があるため、より親しみを感じてもらえる
- 通路幅を大きく取ることができ、車椅子などの入れるようにできる(バリアフリー)
高設栽培のデメリット
高設栽培にはもちろんデメリットもあります。一番ネックとなるのは、初期導入コストですがしっかりとした栽培計画、経営計画を立てれば十分に回収可能であると私は考えます。
初期導入コストが高い
高設栽培導入するにあたっては、さまざまな設備、資材を導入する必要があります。下記に高設栽培を実施するにあたって必要な設備、資材を列挙します。
- 栽培槽(栽培ベッド)、架台
- 点滴チューブ
- 自動給液装置(潅水同時施肥できるもの)
少なくとも上記3点の設備、資材は導入が必要です。また、導入にあたってはハウスメーカーや施工店による工事費用もかかります。初期投資を回収するだけの収益を上げる経営計画を立てることが必要となってきます。
平床栽培とは全く異なる栽培管理
高設栽培と平床栽培では、栽培管理の方法が全く異なると言っても過言ではありません。特に土壌水分と肥培管理については、全く考え方が異なるでしょう。
平床栽培では潅水チューブを使用して全体的に土壌に水分を与えていますが、実はこの方法はムラが多く出るやり方になります。それでも影響が出ないのは土壌の緩衝能があるためです。しかし、高設栽培にはこの理論は通用しません。高設栽培は、培地量が少ないため水分が流れ出てしまいやすく、緩衝作用が期待できません。
また、水分が流れ出すからと言って、培養液のやりすぎは禁物です。イチゴの根は、他の植物と比較しても酸素要求量が高いため、酸素不足による過湿害が発生する場合があります(根腐れ症状)。根腐れ症状を防ぐためには、排水性(透水性)がある培養土を使用するとともに、少量多潅水による土壌水分量の管理も必要でしょう。
上記のことをしっかりと意識しておかなければ、栽培に失敗してしまいます。
冬(厳寒期)の収量確保が難しい
先述したとおり、平床栽培と高設栽培ではハウス内の温度管理が同様にできたとしても、果実の温度に与える影響は異なります。果実の温度は、肥大や着色に大きく影響します。
平床栽培ではマルチ面より熱を受けますが、高設栽培では果実が空中に浮いているので果実の温度とハウス内温度がほぼ同様となります。それに伴って、着色が遅れて初期収量が低下します。
水切りによる果実の食味向上が難しい
土壌と培養土では、容積がかなり異なります。土壌では水切りをしても植物に対する悪影響がすぐに現れることは少ないですが、高設栽培の培養土の場合はそうではありません。
高設栽培の培養土は、栽培槽(栽培ベッド)の大きさによって容積が決まります。そのため、根域に与える土壌水分の保持できる量というのも必然的にその容積に左右されます。容積が小さければ小さいほど、土壌水分の保持が難しくなります。
土壌水分の保持が難しい環境下で、水切りをしようとして水分を一定期間でも切ってしまうと、水分不足の症状が急速に進み、植物へ深刻なダメージを与えてしまいます。このことから、イチゴの高設栽培においては、水切りが難しいと言えるでしょう。
高設栽培システムの選び方
高設栽培は現在、ハウスメーカーや農業資材メーカー、都道府県の農業技術センターなどによってさまざまなシステムが開発、提供されています。これらは、明確な区別はないことも多いです。各栽培システムを比較するときには、下記3点をもとに比較検討すると良いでしょう。
- 栽培槽(栽培ベッド)の大きさや形状、材質
- 使用する培養土の種類
- 培養土の保温方法
高設栽培、導入するにはどのくらいの費用がかかるのか?
上記で紹介したとおり、高設栽培はさまざまなシステムがあります。また、その導入コストもピンキリで、220万円/10a程度〜1,500万円/10a程度と安値と高値に差があります。導入する設備や資材によっても異なってくるので一概にこの金額がかかりますと示すのは難しいです。
高設栽培システムの導入の他にも、ハウスの建設費用、水源の整備費用、電気工事費用なども必要になってくるので、導入を検討している方はトータルのコストを把握するようにしましょう。
下記は、主なシステムと費用(施工費用除く)を記載しますので、参考にしてください。
システム名 | 費用(円/10a) |
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ピートベンチ栽培(奈良県農試) | 150万円 |
ゆりかごシステム(JA愛知経済連) | 250万〜300万円 |
のびのびシステム(静岡県経済連) | 300万円 |
ベリー・ザ・キット(アグリス) | 350万円 |
カネコ ココファーム(カネコ種苗) | 510万円 |
まとめ
イチゴの高設栽培について、メリット・デメリット、費用感についてご理解いただけたと思います。高設栽培を導入するにあたっては、初期導入コスト、運営費用(ランニングコスト)、作業労力、収益性などをすべて考慮した上で、栽培計画・経営計画を立てることが重要です。
栽培においても、高設栽培は平床栽培とは異なる注意点がありますので、それらを理解することも必要です(栽培のポイントについては、また別途取り上げます)。
高設栽培は、作業性、及び収益性の観点で画期的なシステムですので、ぜひ導入を検討してみてください。